LA通信 >2001.10.22b
 



外国人として暮らすということ

先月の中頃、私はビザの関係でLAのダウンタウンにある移民局の事務所に行ってきました。

移民局へ行くのは今回初めてだったのですが、友人から"人がとっても多くてすごい行列だから、朝早くから並ばないと受付けてもらえないよ"と言われ、当日は早朝4時頃に現場に到着するようにしました。
着いてみると既に数百メートルの行列がビルの周りに出来ていて、6時からの受付が始まるのを待っていました。
列の後ろに着いて、待ちながら人々を眺めてみると、本当にいろいろな人たちがいました。
ここLAはメキシコから近いせいもあり、メキシコ系や中南米系の移民が多いのですが、インドやアラブ系、アフリカ系、ヨーロッパ系、そしてアジア系等の人々も多く、世界中からここアメリカに移民として来ている事を改めて見ることが出来ました。

近くに並んでいたエチオピア人の女性と話をしてみると、"グリーンカードを持っている男性と結婚をして子供もいて、7年間もアメリカに住んでいるのに、未だにグリーンカード(永住権)を取ることが出来ない。
だから毎年1回はこうして労働ビザの書き換えに来なければいけない"と、彼女はもううんざりという表情で語っていました。
他にもレバノンから23年前に来て、現在グリーンカード保持者の男性は、"市民権取得の申請をしているのだけれど、いくらたっても許可がおりないんだ"とぼやいていました。
市民権を取得すると言うことはアメリカのパスポートを持ち、アメリカ国民になるということです。
グリーンカードを持っていれば、アメリカに住み働くことは出来るけれど、あくまでもパスポートは前の国のままです。
レバノン人の彼いわく、福祉や社会保障の面で市民権を持っているのと、持っていないのでは全く待遇が違うとの事。また他の国へ旅行した時に、アメリカ人は簡単に入国審査をパス出来るけれど、レバノン国籍の彼の場合は荷物や持ち物をことごとくチェックされて、やっとパスする事が出来たと言っていました。

日本のパスポートを持っていると、世界中ほとんどの国へ意外とすんなり入ることが出来、アメリカのパスポートを持つことの意義もそれほどピンと来ないのが本音です。
また私の様にビザを取って日本人としてアメリカに"一時的に滞在"をしている身では、祖国を後にこの国に移り住んだ人たちの気持ちは本当の意味ではよくわかりません。
中には既に帰る国が存在しなかったり、帰りたくても帰れない人は多いと聞きます。こうして他の国から移住してきた人たちと話してみると、彼らはアメリカ政府の移民に対する取り扱いが悪いなどと文句は言っていても、生活自体は祖国にいる時よりも数段ましという答えが多く、事実ほとんどの人々が平等に教育を受け、仕事をすることが出来るこの国は、多く人にとっては"希望の国"であることには変わりが無い様に感じられました。

6時に受付が開始しても、私が入り口にたどり着いた頃にはもう7時で、更にテロの影響でビルに入るにもチェックが厳しく、中に入るのにもまた時間がかかりました。
そしてやっと受付番号をもらい、自分の順番をひたすら待ち、10時過ぎにやっと自分の番が来て、書類の手続きを行ったと思ったら、今度は隣のビルに行かなければならないと言われ、再度入り口で並び、中に入って窓口に行ったら、今度は受付は午後1時からだと言われ、しかたなくランチを食べて時間をつぶし、何だかんだで全て手続きが終わったのは2時過ぎになっていました・・・
本当に役所の仕事と言うのはどこも効率が悪く出来ているような気がします。

また待っている最中に私が見た移民局に来ていた人たちの中には、英語もほとんど話せなくて、移民局の役人に"今度は英語を話せる人を連れてきなさい!"と怒鳴られている中国系の老人夫婦や、"何度も来ているのに何でまだダメなんだ!"と文句を言っているいるメキシコ系の人等がいて、この国で外国人として暮らすことは決して簡単では無いのだなと思いました。

私は現在アメリカに住んでいても、今のところアメリカ人になるつもりはありません。でも何でそう考えることが出来るのだろうと自問自答した結果、私には安心して帰ることが出来る日本という祖国があるということに気づきました。
日本はアメリカの様に広く移民を受け入れている訳では無いので、他の国の人々にとって簡単に"希望の国"には成れないかも知れません。しかし平和で豊かな日本に対して、多くの国の人々が尊敬と憧れを持っているのも事実です。
日本人として生まれ、日本で生活をしている時には実感が湧きませんでしたが、実は日本人であるということはとてもラッキーなことなのかも知れません・・・だとしたら、まずは私達自身にとって、日本を"希望の国"にしていくことが大切なのかも知れませんね。